プロフィール

野風ヤマミチ

Author:野風ヤマミチ
1980年よりフリーランスフォトグラファーとして活動。1990年ごろから環境問題の雑誌に関わったことをきっかけにエディター、ライターも兼ねるようになる。時を同じくして子供の頃より関わってきたボーイスカウト活動にリーダーとして復帰する。2001年ボーイスカウトの制服を脱いでからノンフォーマル・エデュケーション(野外教育、環境教育、冒険教育等)を仕事の柱に据え活動、執筆をしている。
現在シングルトラック・プロジェクト野風を主催、マウンテンバイクのスクール&ガイドインストラクター、小中学生の野外活動インストラクター等も務める。
1960年東京生まれ 趣味 手作りの道具で野宿、焚火、山旅

資格
日本マウンテンバイク協会 B級インストラクター
INBA ナショナル・マウンテンバイク・パトローラー
WMA ウィルダネス・アドバンスド・ファーストエイド取得
WMA ウィルダネス・ファースト・レスポンダー取得
AHA  ハートセイバー・ファーストエイド ハートセイバー・CPR・AED 取得


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タマには古本屋や本の話でもしよう   高田馬場、早稲田編 2009年01月29日18:31

自転車や森と同じぐらい好きなものが本であり古本屋。
息をするように、水を飲むように、自転車を漕ぐのと同じように本を読むのが好きだ。いや、僕にはどれも必要だ。

二十歳まで新宿の早稲田に育ったので、興味を持つ年頃には古本屋とJazz喫茶と映画館には事欠かなかった。高校生の頃の帰り道、部活、アルバイト、デートのない日は山手線高田馬場駅で降り、地下鉄東西線を一駅分早稲田方面に歩く。Jazz喫茶が三軒、映画館三軒その内訳は名作座が二軒、後の一軒は知る人ぞ知るATG(アートシアター・ギルド)そして数えたことはないが2、30軒の古本屋、普通の本屋は5軒有ったか無かったか。

見たい映画があれば映画館へ、ちょうどぴあが創刊されたころで、随分映画や舞台を見るのに便利になった。もちろんw買わずに立ち読みで高田馬場の情報を仕入れていた。今、本屋で写メで雑誌の情報を仕入れる輩がいると言うが、思い出してみれば人のことを言えた義理でもないみたいだw

見たい映画の無いときはぶらぶらと古本屋を覗いて歩く、今でこそ綺麗な洒落た古本屋もあるがその当時は愛想のない鉄筋のビルか木造の一軒家かだった。鉄筋のビルの店は蛍光灯でまぶしいぐらいに明るくリノリウムの床、木造一軒家の店は薄暗い店内と奥に行くほど漂ってくるカビの臭いそしてコンクリ剥き出しの床、奥に帳場がある作り。昔から変わらなかったように思う。
自分がどんな本を探していたのかも覚えていないが、と言うよりホントにただのぶらぶら歩きだったのかもしれない。欲しいけど高くて買えない本を手にとって眺めていたのはよく覚えているのだが。ただ、本を買っても買わなくても阿部坂上(現在のグランド坂)のもずというJazz喫茶には必ず寄った。木造モルタル看板作り八百屋の二階にあったこのJazz喫茶には大学を中退する頃までお世話になるのだが、それはまた別の話。作り置きのコーヒーをミルクパンで温めて白い分厚いコーヒーカップで出てくる典型的なJazz喫茶のあのコーヒーが懐かしい。

その当時自分がどんな本を読んでいたのか思い出すと、外国文学の近代の名作と言われる小説がほとんど、フランス、ロシア、ドイツ、アメリカ文学と言う順番で読んでいき最後に高3でヘミングウェイに行き着いた。自分の求めていた世界がそこには広がっていた。それは、マチズモと冒険の行間にあるやせ我慢と優しさ。この、ヘミングウェイの世界に惹かれたのだと思う。
この後、ハメット、チャンドラー、ロス・マクとハードボイルド小説にのめり込んでいく。

つづく
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