プロフィール

野風ヤマミチ

Author:野風ヤマミチ
1980年よりフリーランスフォトグラファーとして活動。1990年ごろから環境問題の雑誌に関わったことをきっかけにエディター、ライターも兼ねるようになる。時を同じくして子供の頃より関わってきたボーイスカウト活動にリーダーとして復帰する。2001年ボーイスカウトの制服を脱いでからノンフォーマル・エデュケーション(野外教育、環境教育、冒険教育等)を仕事の柱に据え活動、執筆をしている。
現在シングルトラック・プロジェクト野風を主催、マウンテンバイクのスクール&ガイドインストラクター、小中学生の野外活動インストラクター等も務める。
1960年東京生まれ 趣味 手作りの道具で野宿、焚火、山旅

資格
日本マウンテンバイク協会 B級インストラクター
INBA ナショナル・マウンテンバイク・パトローラー
WMA ウィルダネス・アドバンスド・ファーストエイド取得
WMA ウィルダネス・ファースト・レスポンダー取得
AHA  ハートセイバー・ファーストエイド ハートセイバー・CPR・AED 取得


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タマには古本屋や本の話でもしよう第2回   神田編 2009年02月08日19:12

自転車や森と同じぐらい好きなものが本であり古本屋。
息をするように、水を飲むように、自転車を漕ぐのと同じように本を読むのが好きだ。いや、僕にはどれも必要だ。

前回の、高田馬場は高校生の頃の話しだが、神田は中学生の頃には歩き回っていた。このころは古本屋よりも三省堂や書泉が中心ではあったが、東方書店や洋書屋を覗いたり当時は一軒ぐらいしかなかった漫画専門店で時間をつぶしたり(今みたいにテープで閉じてあるなどと言う無粋なことは無かった)と結構一日楽しんだ覚えがある。東方書店というのは中国書専門店、毛沢東、周恩来の時代だから、まだ人民服、人民帽に毛語録、横浜の中華街とは違う当時のリアルチャイナを体感を出来る空間だった。

この頃、何を読んでたかと言うと、早川文庫のSFがメインじゃなかったかな。テレビでやっていたキャプテン・ウルトラという円谷の作品の原作、キャプテン・フューチャーシリーズ。ウルトラセブンの後にワンクールだけやっていたマイナーな番組だったけど、なんか好きだった。その原作を見つけハマっていた。話しは完全なスペース・オペラ。太陽系をキャプテン・フューチャーが仲間の宇宙人とロボットと三人?で駆け回り悪を懲らしめるというもの。でも当時の僕は夢中になって小遣いをつぎ込んだ。後は、ブラッドベリ、アシモフ、小松左京、ハインラインなど定番をぼちぼち。
それともう一つは小学校の頃に読んだ少年少女版の世界の名作文学シリーズをオリジナルを読んでみたくて捜して手にした。その最初がレ・ミゼラブル。この分厚い全三巻を読むのに一年かかった記憶がある。これが早稲田編に書いた世界の近代文学を経てヘミングウェイ、ハードボイルドへ繋がっていく。
そしてこのハードボイルド小説がきっかけで神田の古本屋を巡り歩くことの始まりだった。

ハードボイルド小説、冒険小説を読みだしたのは二十歳前後。
この頃、もうすでにマイナーなものは絶版になっていて、普通の書店では手に入らないものが結構あった。そのために古本屋巡りが本格的に始まることになる。もちろん最初は地元の早稲田を回ったのだが、専門店、学術書の店が多くてエンターテイメントは店頭に置いてある店が多く期待出来なくて昔なじみの神田へと向かったしだい。
向かったのはいいがここには早稲田のざっと10倍以上の古本屋がある。それも、一本の通りを歩けばいい早稲田とは違う。これが人生の古本魔境への第一歩だったとは気づくはずもなく歩き回るのだったwww

つづく
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