プロフィール

野風ヤマミチ

Author:野風ヤマミチ
1980年よりフリーランスフォトグラファーとして活動。1990年ごろから環境問題の雑誌に関わったことをきっかけにエディター、ライターも兼ねるようになる。時を同じくして子供の頃より関わってきたボーイスカウト活動にリーダーとして復帰する。2001年ボーイスカウトの制服を脱いでからノンフォーマル・エデュケーション(野外教育、環境教育、冒険教育等)を仕事の柱に据え活動、執筆をしている。
現在シングルトラック・プロジェクト野風を主催、マウンテンバイクのスクール&ガイドインストラクター、小中学生の野外活動インストラクター等も務める。
1960年東京生まれ 趣味 手作りの道具で野宿、焚火、山旅

資格
日本マウンテンバイク協会 B級インストラクター
INBA ナショナル・マウンテンバイク・パトローラー
WMA ウィルダネス・アドバンスド・ファーストエイド取得
WMA ウィルダネス・ファースト・レスポンダー取得
AHA  ハートセイバー・ファーストエイド ハートセイバー・CPR・AED 取得


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街を歩く 2010年02月10日19:36

こんな僕でもたまには東京のど真ん中に(地理的には小平が東京都のど真ん中なんだけどw)に出ることもある。
遊びに行くわけではなく仕事で出かけるのだが、そんな時は折角だから街を歩いてみるようにしている。まぁ、だいたい東京中の繁華街は昔歩いたことがあったり、仕事の関係(要するに飲み会ですw)でよく行った街なのだが。この十何年かは全く縁がなかった。それに、たいがいの用事は吉祥寺で済んでしまうから、という理由は大きいかも(自転車で往復するにも丁度いい距離だしw)。

こないだは、1年ぶり位に東京タワーのそばに行ったので、麻布十番、六本木近辺を徘徊したのだが、森ビルに行くわけでもなく東京ミッドタウンに寄るわけでもない(どちらも建築中に仕事で何度か行ったことはあるがw)いっても自分の興味を引くモノはここらにはないwww そのときは、柳屋の鯛焼きを二匹買って食べておしまいwww

で、今回降りたったのは渋谷。この街は高校の通学で毎日通っていたので良く知っているのだが30年も前のことw
当時は、渋谷パルコが時代の最先端を走り大人の(10代から見て20代後半から30代という意味での大人)街だった。そして、もっと時代に敏感な人間は代官山へ遊びに行き、子供は原宿竹下通りへって時代。この街を中心に動いていると、銀座は古くさく、新宿は恐い、池袋なんて言ったら「それって、どこにあるの」って雰囲気だったのは今は昔。
今の僕は、この街に来ると止まっていようが走っていようがどうしても自転車に目がいってしまうwww

驚くことは停めてある自転車の半分以上がメーカーのスポーツ車かSS、ピスト。それも超ショートのハンドルバーばかり、ドロップバーは少数派。ノリはclub(くれぐれも語尾を上げるようにw)かボーダーのそれ。グラフィックもカラフルなのは当たり前、で勿論、泥なんか着いていないwwwwwww

そんな中、僕の目を一番ひいたのはルート246と渋谷駅のガード下の駐輪場。車道から一段上がった広い歩道の道路側のラックにズラット並ぶ。SS、ピスト、ロード、MTBにクロスバイク、ときどきママチャリ&ルック車w。普通の街では考えられない自転車バブルの光景に息を飲むのだが、その反対の壁側にはホームレスの人達の段ボールハウスもガードの端から端までズラット並ぶ。直感的になんか異様なのだ、異空間に迷い込んだような錯覚に陥る。どちらも、余りに整然と並んでいるからなのか。同居する事のあり得ない異質なモノの同居。もしかしたら、都市という場所の本質を具現化している場所。立ち止まり考えてしまいたくなるが、そんな雰囲気の場所ではない。自分が自転車に関係しているから余計に気になり目がいってしまうのかとも考えるが…

都市の成り立ちとは、元々農耕の余剰物資を集積することから始まり、その目的は労働無き生活である。これに成功したのは歴史上ローマ帝国ぐらいのものか、勿論市民階級以上の話ではあるが。

自転車とは人間が作り出した機械の中で人力を最高の効率で引き出すことの出来る機械である。この、金属とゴムで構成された機械は全て円運動で駆動する。

機械とは人間のやるべき作業を効率よく行うための道具であり、本来効率化によって出来た時間の余裕を遊びへ転化させるための道具である。産業革命以後の機械はこの効率化により生み出された時間を再生産の時間に当て人間の欲望という幻想を満たしてきた。その結果は知っての通り。

こんな取り留めもない定義が頭の中に渦巻くが、答えが導き出せるわけでもないし、そんな言葉でこの漠然とした都市という幻想の魅力が薄れるわけでもない。
あえて、あの風景の答えを出すのならば、それはアンンバランスなもの同士がギリギリの均整の上に成り立たせた“美”だとしか今の僕の感情を言い表す事はできない。

一言でいえば“都市は醗酵する”ということか。
醗酵して“美”となるか腐って“醜”となるか誰にも予想は出来ない。

そんなことを考えながら帰りの電車に乗った僕は、降りる駅に着き自分の住む町に着くとイソップの“街のネズミ田舎のネズミ”の話を思い出していた。
僕? 僕は勿論“田舎のネズミ”ですww
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