プロフィール

野風ヤマミチ

Author:野風ヤマミチ
1980年よりフリーランスフォトグラファーとして活動。1990年ごろから環境問題の雑誌に関わったことをきっかけにエディター、ライターも兼ねるようになる。時を同じくして子供の頃より関わってきたボーイスカウト活動にリーダーとして復帰する。2001年ボーイスカウトの制服を脱いでからノンフォーマル・エデュケーション(野外教育、環境教育、冒険教育等)を仕事の柱に据え活動、執筆をしている。
現在シングルトラック・プロジェクト野風を主催、マウンテンバイクのスクール&ガイドインストラクター、小中学生の野外活動インストラクター等も務める。
1960年東京生まれ 趣味 手作りの道具で野宿、焚火、山旅

資格
日本マウンテンバイク協会 B級インストラクター
INBA ナショナル・マウンテンバイク・パトローラー
WMA ウィルダネス・アドバンスド・ファーストエイド取得
WMA ウィルダネス・ファースト・レスポンダー取得
AHA  ハートセイバー・ファーストエイド ハートセイバー・CPR・AED 取得


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MR4という自転車の正しい使い方

MR4という折り畳み自転車がある。名前の由来はミニロードバイク24inホイールを略してMR4ということらしい。この自転車を何故か僕は持っている。ハンドルは真っ直ぐのフラットバーだけどねwww
普段は家の周りでママチャリ的な使い方しかしていないのだが、これはこのMR4の正しい使い方ではないと日々常々の思いから実家に行くのに使ってみることにした。

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こんな自転車です。たためちゃうしミニベロ(20inホイール)よりも確実に速い。

僕の実家は草加市の松原、小平からだと片道40キロ。帰りにスカイツリーや谷根千、西方町、菊坂、神楽坂なんかを回って来ると100キロ弱の東京下町ツーリングとなる。

10時に小平出発で草加市松原に12時過ぎに到着。両親にご機嫌伺いをすませ、実家を2時過ぎに出る。

早速国道4号線の旧道へ、ここは松原の名の通り綾瀬川の川べりに松並木が再現され石畳の遊歩道を整備し江戸の昔の草加宿を偲ばせる佇まいとなっている。「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」で始まる奥の細道の冒頭の一節に「呉天に白髪の恨を重ぬといへ 共、耳にふれていまだめに見ぬさかひ。若生て帰らばと定なき頼の末をかけ、其日漸草加と云宿にたどり着にけり」とある。この前の節には「千じゆと云所にて 船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそゝぐ。」とあり、芭蕉がこの松並木を歩きながら奥の細道に思いを馳せた覚悟の一節でもある。
P2241523.jpg
でもって、その313年後に僕はbicycleなるもので芭蕉のやって来た千住新橋の方角へ進むのであるwww

芭蕉の涙した千住大橋を越え三ノ輪の交差点を左へ白髭橋へと向かう、そうすると次の交差点が泪橋。ここはあのボクシング漫画の金字塔「あしたのジョー」の発祥の地。そう言えば「巨人の星」の星飛馬の長屋もここ等へんだったのではなかったっけwww

てなわけで白髭橋に到着。ここを渡れば東向島、昔の玉ノ井。ここにある向島百花園は僕が東京でも大好きな庭園の一つ。江戸の文人墨客により作庭された江戸文化の華の香りの残る場所。そして 永井荷風の墨東綺譚の舞台の街。鳩の街通り商店街がなかなか素敵です。洲崎もそういえば今は東陽町何て名前に代わって超高層のマンションが立ち並び、昔の建物は跡形もないけれどここらへんにはまだまだ昔の白粉の香りが残っている家もちらほらと。タイルの張ってある玄関周りの家、これは玉ノ井の頃の待合の名残り。こういうモノは良い、悪いではなく通り過ぎた時代の一つとして忘れてはいけないと思う、こういう日蔭の文化は一度消えてしまうと人の記憶から完全に消え去ってしまうものだから。
P2241530.jpg P2241535.jpg
左 白髭橋より 右 言問橋より 
右の写真のスカイツリーは傾いているように見えるのは、その構造の為で三角形の土台から
上に行くと円形に形が変わっていくために見る角度によって傾いているように見えるのです。
倒れることは無いのでご安心をwww


隅田川沿いに戻り言問橋へ。
さてはて、ここからどうしようかな~、スカイツリーへ向かうか、深川の芭蕉庵へ向かうか?それとも……
とその時突如、寒天を食べたくなったwww そうだ、梅むらの豆カン。これで決まりwww
言問通りをチョイと戻って浅草寺病院の向かいを一本裏に入った所。赤豆の歯ごたえとプリプリとした寒天の食感が絶妙の一品。満足満足www
P2241544.jpg P2241545.jpg
左 国立科学博物館前にて 右 根津一丁目交差点付近
P2241546.jpg
ヤマミチが御幼少の頃を過ごした新宿は早稲田界隈の路地。左側に見えるビルに5歳から20歳まで住んでいた。
当時と何一つ変わっていない不思議で懐かしい場所


てなわけで、このままのんびり言問通りを西に向かい家路に着くことに。
なんかここまで走ってきて、本日の裏テーマは裏道かなと思い、ここから家までは知っている裏道を繋いでごちょごちょと帰ることに。言問通りを直進、大曲、早稲田正門通りへ。ここでちょっと道草をして、僕の生まれ育った町を通り抜け、大久保通りで高円寺、五日市街道に入り井の頭通り、神田川沿いを井の頭公園、玉川上水沿いで我が家まで。

本日の走行距離約90キロ、まあまあかと部屋で寛いでいる時、ハタと思いだした。本日のメインテーマ“MR4を正しく使う”だったはず。輪行袋を一日中フロントバックに入れっぱなしのヤマミチでした(>_<)
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