プロフィール

野風ヤマミチ

Author:野風ヤマミチ
1980年よりフリーランスフォトグラファーとして活動。1990年ごろから環境問題の雑誌に関わったことをきっかけにエディター、ライターも兼ねるようになる。時を同じくして子供の頃より関わってきたボーイスカウト活動にリーダーとして復帰する。2001年ボーイスカウトの制服を脱いでからノンフォーマル・エデュケーション(野外教育、環境教育、冒険教育等)を仕事の柱に据え活動、執筆をしている。
現在シングルトラック・プロジェクト野風を主催、マウンテンバイクのスクール&ガイドインストラクター、小中学生の野外活動インストラクター等も務める。
1960年東京生まれ 趣味 手作りの道具で野宿、焚火、山旅

資格
日本マウンテンバイク協会 B級インストラクター
INBA ナショナル・マウンテンバイク・パトローラー
WMA ウィルダネス・アドバンスド・ファーストエイド取得
WMA ウィルダネス・ファースト・レスポンダー取得
AHA  ハートセイバー・ファーストエイド ハートセイバー・CPR・AED 取得


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焚き火 その2 2008年10月12日00:10

食事も終わり、パーコレーターの珈琲を飲む頃には夜の帳もおり、自分の周り2メートル四方だけが浮かび上がっている。世界が自分の手の届く範囲に凝縮されたように感じる。
あまりに静かすぎて突然の鹿の甲高い鳴き声にドキッとさせられる。後は谷の奥深くから聞こえる水の流れ、尾根を吹き抜け一瞬勢いを増す風、音が音ではなく風景になる。

視線を遠くに向けると、夜空の一部が光るピンク色のクラゲに覆われている。よく見れば大都会の明かりだ。そこだけ別世界のように濁った大気に覆われているからピンク色に染まって光っている。あそこだけ隔離された場所のように見える。

人類が初めて火を発見してからどのくらいの年月が経ったのだろう、100万年?50万年?よくは解らないがそのぐらいだろう。ただ火を発見した当時の人類が今の人類と違うということは知っている。
発見当時は闇を照らし、暖を取るという体への直接感じられることを中心に活用していたのだろう。それが何時からか集いの火となり昼間の太陽の代わりとなり、闇への恐怖を和らげてくれる。後にそれが太陽への信仰へと変わったのかもしれない。
そして当時の人類と現代人を分ける上で決定的な出来事が起こる。
火で肉を焼いたことだ。

それこそ最初は、山火事で死んだ動物の肉を食べたのか、偶然火の中に落としたのかは解らないが、兎に角味とその食感を覚えたのだ。ただ習慣化されるまでには時間が相当掛かったのだろうとは想像できる。そしてそれが習慣化されたとき現代人への進化の扉が開かれた。
肉を焼くことで柔らかくなり、咀嚼する力が小さくてすむようになると頭の上から顎に掛けての筋肉が減ったのではないか、そのため頭蓋骨の発達が促され、大脳皮質が発達した、という説もある。
そして五万年ぐらい前には現代人の脳と同じにまで進化した。その時から人間は生物学的には何も変わってはいないそうだ。
この小さな焚き火から全てが始まったと考えると、人類は焚き火の申し子なのかもしれない。
そういえば
「炎の色は、その薪が浴びた太陽の色が詰まっているからなんだよ」
と言った人がいた。
そんな言葉を思い出すと、遙か古の人々が夜の闇に小さな太陽を見いだし集い、歌い、踊り、語り合った光景までが浮かんでくる。

小さな焚き火から始まり、何十万年か掛けて今の人類へと進化し、その後5万年掛けて作ったのが、あの不気味なピンク色のドームなのか。
いや、5万年も掛かってはいやしない。有史が4千年、そのうち3千8百年は薪を燃料にしていたはずだから、たかだか2百年も掛からずにあれを作り出したことになる。
僕は今この瞬間をあのドームの中ではなくこの2メートル四方しか照らせない光の中にいることに幸せを感じる。

あの不気味な光を1枚1枚はぎ取っていけば、その真ん中にあるのはこの小さな焚き火と同じ炎か。
石器時代の人々は、生きるためにこの焚き火を焚いていた。今僕は心の安らぎを求めてこの焚き火を焚く。僕らは決して石器時代には戻れないが、この焚き火が彼らと僕らを繋いでくれるのだろう。生活の本質、豊かさとは、都市の中にあるのではなく、物をはぎ取って可能な限りミニマムにしたところにあるのではないのだろうか。

こうして全ての喧噪から離れ、最小限の道具で過ごす時間というのは、人に真の豊かさと自由を与えてくれる。
そしていつもその中心には、この小さな焚き火がある。

                     
                    了
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